赤い木の実と初めての恋

森の研究所で、ちくわ君は今日もパソコンの画面を見つめていた。しかし、赤い木の実を口に含むたびに、彼の心は甘酸っぱい記憶へと飛んでいく。頬が少し赤くなるのを感じながら、彼は思い出に浸った。

それは去年の秋のことだった。ちくわ君は研究所への帰り道で、大きな樫の木の下で困り果てていた。風が強く吹いて、大切にしていた赤い木の実が散らばってしまったのだ。

「あら、大変!」美しい声が聞こえた。振り返ると、栗色の毛並みが美しいリスの女の子が、散らばった木の実を一つずつ丁寧に拾ってくれていた。

「あ、あの...ありがとう」ちくわ君は緊張でどもりながら言った。女の子と話すのは研究所以外ではほとんど経験がなく、心臓がドキドキしていた。

「あずきです。あずきちゃんって呼んでください」彼女は人懐っこく微笑んだ。「この赤い木の実、とても大切にされているんですね」

「ええ、これは僕の...」ちくわ君は言いかけて、顔が真っ赤になった。「こ、好物で...プログラミングのときに食べると、集中できるんです」

あずきちゃんは木の実を全部拾い集めると、ちくわ君に手渡した。「プログラミング!すごいですね。私には魔法のように見えます」

ちくわ君は彼女の純真な反応に胸がキュンとした。同時に、自分の仕事を「すごい」と言ってもらえたことで、少し自信も湧いてきた。

その日から、ちくわ君の日常は一変した。研究所への道で彼女に会えるかもしれないと思うと、いつもより30分早く家を出るようになった。髪型を整えたり、服装を気にしたりと、今まで考えたこともないことを気にするようになった。

幸運にも、何度かあずきちゃんと出会うことができた。彼女は森で絵を描いているアーティストだった。しかし、ちくわ君は女の子との話し方がわからず、いつもぎこちない会話になってしまう。

「あの...天気、いいですね」ちくわ君は雲一つない快晴の日に言った。

「そうですね」あずきちゃんは微笑む。

「木の実、美味しいです」今度は関係のない話題を振ってしまう。

あずきちゃんは困りながらも、「そうなんですね」と優しく答えてくれる。

毎回こんな調子で、ちくわ君は家に帰ると枕に顔を埋めて「うあああ」と叫んでいた。

ある日、勇気を出してちくわ君は尋ねた。「あずきちゃんは...えーと...どんな絵を描くんですか?」

「自然の風景が多いです。この森の美しさを絵に残したくて」あずきちゃんは嬉しそうに答えた。

「ぼ、僕も見せてもらえませんか?」ちくわ君は震え声で言った。

「もちろんです!」

あずきちゃんが見せてくれた絵は本当に美しかった。ちくわ君は感動のあまり、「うわあああ」と変な声を出してしまった。

「あ、あの...すみません。美しすぎて、言葉が...」ちくわ君は顔を真っ赤にして慌てた。

あずきちゃんはくすくすと笑った。「ありがとうございます。ちくわさんって、面白い方ですね」

「面白い」と言われて、ちくわ君は良い意味なのか悪い意味なのかわからず、一晩中考え込んだ。

冬が近づいたある日、ちくわ君は意を決した。一週間前から鏡の前で練習していたセリフを言う時が来たのだ。

「あずきちゃん」ちくわ君は息を整えて言った。「もしよろしければ...」

ここで頭が真っ白になってしまった。練習していたセリフが全部飛んでしまったのだ。

「あの...コーヒー...いえ、お茶...あ、ココア?」ちくわ君はしどろもどろになった。「一緒に飲みませんか?暖かい飲み物を!」

あずきちゃんは少し困ったような表情を見せた。「ちくわさん、とても嬉しいお誘いなんですが...実は、来月から遠い街の美術学校に留学することになったんです」

ちくわ君の心は「ガーン」という効果音と共に砕け散った。しかし、彼の反応は予想外だった。

「それは...それはすごいことです!」ちくわ君は本心から言った。「あずきちゃんの絵、きっと世界中の人に見てもらえますね!」

あずきちゃんは驚いた。普通なら落胆されるか、引き止められるか...でもちくわ君は純粋に自分のことを喜んでくれている。

「ありがとうございます。ちくわさんは本当に優しい方ですね」あずきちゃんの頬も少し赤くなった。

「それじゃあ...留学前に、一度だけお茶でも?」ちくわ君は最後の勇気を振り絞った。

「はい、ぜひ」

その後の数週間、二人は何度か一緒に過ごした。ちくわ君の不器用さは相変わらずで、お茶をこぼしたり、歩きながら木にぶつかったり、緊張しすぎて赤い木の実を一度に10個も口に詰め込んでしまったりした。

でも、あずきちゃんはそんなちくわ君を微笑ましく見守ってくれた。彼の一生懸命さと純粋さが、とても愛らしく思えたのだ。

出発の日、森の駅でちくわ君はあずきちゃんを見送った。

「あの...これ」ちくわ君は小さな袋を差し出した。中には厳選した赤い木の実が入っている。「留学先でも、頑張って」

「ありがとう」あずきちゃんは袋を大切に受け取った。「ちくわさんとお友達になれて、本当に楽しかったです」

電車が動き出す直前、あずきちゃんが窓から顔を出した。

「ちくわさん!三年後、帰ってきたら、また一緒にお茶しませんか?」

ちくわ君は飛び跳ねて手を振った。「はい!待ってます!」

三年後の春、約束通りあずきちゃんが帰ってきた。個展を開くという知らせを受けて、ちくわ君は会場に向かった。

「ちくわさん!」あずきちゃんが駆け寄ってきた。三年の歳月を経て、より美しく成長していた。

「お、おかえりなさい」ちくわ君は相変わらず緊張していたが、昔ほどではなかった。「素晴らしい絵ですね」

「見てください、これ」あずきちゃんは一枚の絵を指差した。樫の木の下で赤い木の実が散らばっている絵だった。「私の原点の絵です」

「それに...」あずきちゃんは恥ずかしそうに続けた。「留学中、ちくわさんからもらった赤い木の実、大切に保管してたんです。時々食べて、故郷を思い出していました」

ちくわ君の心は幸せでいっぱいになった。

「あの...約束、覚えていますか?」あずきちゃんが言った。

「もちろんです!」ちくわ君は嬉しそうに答えた。「今度は木にぶつからないように気をつけます」

二人は笑い合った。今度は恋愛下手なちくわ君も、少しは成長していて、きっと前よりも上手にお茶の時間を過ごせるだろう。

森の研究所には、今夜も甘酸っぱい青春の記憶と、新しい希望が満ちていた。

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