よく晴れた秋の午後、森の研究所では、ちくわ君が赤い木の実をかじりながら、長い長い数字の表を眺めていた。
「ちくわさん!大変です!というか、ちょっとがっかりなんです」勢いよく扉が開いて、はんぺん君がしょんぼり気味に駆け込んできた。「いろんな会社に分けて株を持ったんですけど、一年で増えたのは、たったの数個でした。これじゃあ、お金持ちになるのに何百年もかかっちゃいます……」
ちくわ君は嬉しそうに目を細めた。「ふふ、はんぺん君、いいところでがっかりしているね。じつはね、今日の話を聞けば、その『たった数個』が、とんでもない力を秘めていることが分かるよ。今日のテーマは、時間を味方につける『複利』だ」
「ふくり……?」
「うん。まず、増え方には二つの種類があるんだ。一つ目は『単利』。これは、最初の元手にだけ、毎年おなじだけ利益がつく増え方だ。百個のドングリに、毎年七個ずつ足されていく。素直で分かりやすいね」
「百、百七、百十四……って、七個ずつ増えていくんですね」
「そうだ。でも、株の配当を使わずにまた投資にまわしたり、値上がりした分をそのまま持ち続けたりすると、もう一つの増え方になる。それが『複利』だ。複利はね、増えた分にも、次の年から利益がつくんだ」
「増えた分にも……?」はんぺん君は首をかしげた。
「たとえば、百個が一年で百七個になったとする。次の年は、その百七個ぜんぶに七パーセントがつく。だから、増える量も、年々少しずつ大きくなっていくんだ。利益が、次の利益を生む。雪玉が転がりながら、どんどん大きくなっていくようなものだよ」
「最初はちょっとずつでも、だんだん増える勢いが増していくんですね」
「その通り。ことばだけだとピンとこないだろうから、三十年後にどうなるか、絵にしてみよう。百個を、年に七パーセントずつ増やしたとして、単利と複利でどれだけ差がつくか」
「ええっ!?同じ七パーセントなのに、複利は七百個以上!単利の倍以上になってます!」はんぺん君は飛び上がった。
「おどろくよね。よく見てごらん。最初の数年は、二本の線はほとんど重なっている。はんぺん君が『たった数個』とがっかりした、あの時期だ。でも、十年、二十年とたつうちに、複利の線はぐんぐん上に反り返っていく。これが『時間を味方につける』ということなんだ」
「最初の地味な時期をぐっとこらえると、あとからすごい勢いがつくんですね……!」
「そういうことだ。だから複利では、『どれだけ長く続けられるか』が、何よりものを言う。便利な目安もあるよ。『七十二の法則』といってね、七十二を利回りで割ると、お金がおよそ二倍になる年数が分かるんだ。七パーセントなら、七十二わる七で、だいたい十年。十年ほうっておくと、倍になる見当だね」
「七十二わる利回り……。これなら暗算でだいたい分かりますね!」
ちくわ君はそこで、木の実を持つ手を止めて、少し真剣な顔になった。「ただし、はんぺん君。この複利の魔法には、いくつか大事な注意があるんだ」
「はい、なんでしょう?」はんぺん君は背筋を伸ばした。
「まず、この絵のようにまっすぐ右上に伸びるのは、あくまで『毎年きれいに七パーセント増えたら』の話だ。本物の株は、前に見たギザギザのように、上がったり下がったりする。途中で大きく下がる年もある。複利の力が本当に働くのは、そういう上下を乗りこえて、長く持ち続けられたときだけなんだ」
「途中で怖くなって売っちゃったら、この勢いは出ないんですね」
「その通り。だから、すぐ使う予定のあるお金や、生活に欠かせないお金で投資してはいけない。何年も、何十年も、ほうっておける余裕のあるお金でこそ、複利は力を発揮するんだ。それからね、複利は、増えるときだけじゃなく、減るときにも働く」
「減るとき、ですか?」
「手数料だよ。毎年とられる手数料も、複利でじわじわ効いてくる。小さな手数料でも、三十年ぶんとなると、ばかにならない。だから、長くつきあうものほど、かかる費用にも目を配ることが大事なんだ」
「いいことも悪いことも、長い時間で大きくなるんですね。気をつけます」
「みごとにまとまったね。今日は、複利とは『利益が次の利益を生む』増え方であること。時間が長いほど、その差が大きく開くこと。でも、上下を乗りこえる覚悟と、余裕のあるお金が必要なこと。これを覚えて帰っておくれ」
はんぺん君は、ぱっと顔を上げた。「はい!もう『たった数個』なんて言いません。その数個が、何十年後の大きな実になるんですね。ちくわさん、ありがとうございました!」
「いい顔になったね。次は、その長い時間を、いちばん手軽に味方につける方法――『市場まるごとを買う』という、とっておきの考え方を教えよう」
「市場まるごと!?想像もつきません。また来ます!」はんぺん君は元気よく手を振って、秋の森へ駆けていった。
一人になったちくわ君は、窓の外の大きな樫の木を眺めた。あの木も、小さな実から、何十年もかけて少しずつ育ったのだ。時間の味方につけ方を渡せたなと思うと心が弾んで、ちくわ君は新しい赤い木の実へ手を伸ばした。
森の研究所には、今日も学びの秋の気配が満ちていた。