よく晴れた秋の朝、森の研究所では、ちくわ君が赤い木の実をかじりながら、のんびりと書類を整理していた。
「ちくわさん!大変です!決めました!」勢いよく扉が開いて、はんぺん君が大きな袋を抱えて駆け込んできた。「すごくいい会社を一つ見つけたんです。だから、僕の貯めたドングリ、ぜんぶこの一社の株につぎ込もうと思います!」
ちくわ君は木の実を置いて、にっこり笑いながらも、ゆっくり首を横に振った。「やる気は素晴らしいよ、はんぺん君。でも、ぜんぶ一社に、というのは待ったほうがいい。今日は、その『どう分けて持つか』という、とても大切な話をしよう」
「分けて持つ……?一つに集中したほうが、儲かりそうなのに」
「気持ちは分かる。でも、その前に『リスク』という言葉を整理しておこう。はんぺん君は、リスクって、どういう意味だと思う?」
「えっと……危ない、ってことですよね?損をする危険、というか」
「多くの人がそう思っているね。でも、株でいうリスクは、もう少しちがうんだ。リスクとは『結果のばらつき』のこと。つまり、どれくらい大きく上下に振れるか、ということなんだよ。大きく儲かるかもしれないし、大きく損するかもしれない。その振れ幅が大きいことを『リスクが高い』というんだ」
「あっ、上に振れることも、リスクなんですか」
「そうなんだ。そして、たいていの場合、大きく儲かる見込みのあるものほど、大きく損する危険も抱えている。『ハイリスク・ハイリターン』という言葉、聞いたことがあるかな。うまい話だけのものは、なかなかないんだよ」
「うう、それじゃあ、僕が一社に全部つぎ込んだら……」
「その会社が大当たりすれば、はんぺん君は大金持ちだ。でも、もしその会社がつまずいたら、貯めたドングリがごっそり減ってしまう。一社だけだと、その会社の運命に、はんぺん君の全財産が縛りつけられてしまうんだ。そこで、昔から伝わる知恵がある。『卵は一つのかごに盛るな』」
「卵を、かごに……?」
「うん。卵を全部一つのかごに入れて運んで、もし転んだら、全部いっぺんに割れてしまうよね。でも、いくつかのかごに分けて運べば、一つ落としても、ほかのかごの卵は無事だ。株も同じで、いろんな会社に分けて持っておけば、一つがこけても、全体は守られる。これを『分散投資』というんだ」
「なるほど!一社がだめでも、ほかが頑張ってくれるんですね」
「そういうことだ。しかも面白いのはここからでね。値動きのくせがちがう会社を組み合わせると、全体の振れ幅そのものが小さくなるんだ。たとえば、暑い日に売れるかき氷屋さんと、寒い日に売れる焼きいも屋さん。両方を持っていれば、夏でも冬でも、どちらかが稼いでくれる。図で見てみよう」
「ほんとだ!一社だけだと、上にも下にもすごく長く伸びてる。分散したほうは、振れ幅がぎゅっと縮んでます」
「そこに気づけたら上等だ。分散すると、一社で大当たりしたときのような派手な儲けは出にくくなる。そのかわり、大けがもしにくくなる。どっしり落ち着いて続けられる、ということなんだよ」
「派手さは減るけど、安心して続けられる……。なんだか、こっちのほうが僕には合ってる気がします」
ちくわ君はそこで、木の実を持つ手を止めて、少し真剣な顔になった。「ただし、はんぺん君。分散にも、勘ちがいしやすい点があるんだ」
「はい、なんでしょう?」はんぺん君は背筋を伸ばした。
「分散すれば、リスクはゼロになる――と思ってはいけない。森全体に嵐が来るような、世の中ぜんぶが落ちこむときには、どんなに分けて持っていても、みんないっしょに下がってしまう。分散はあくまで、『一社だけのつまずき』から身を守る工夫であって、すべての危険を消す魔法ではないんだ」
「全部を守れるわけじゃないんですね。気をつけます」
「それに、似たようなかごばかり増やしても意味がない。ジュース屋さんばかり十社に分けても、ジュースが売れない年は、まとめて苦しくなる。ちがう性質のものを組み合わせてこそ、分散は効いてくるんだよ」
「ただ数を増やすんじゃなくて、性質のちがうものを、なんですね」
「みごとだ。今日は、リスクとは『結果のばらつき』であること。卵を一つのかごに盛らず、性質のちがうものに分けて持つと、振れ幅がやわらぐこと。でも、すべての危険を消せるわけではないこと。これを覚えて帰っておくれ」
はんぺん君は、抱えていた袋をぎゅっと持ち直した。「はい!全部つぎ込むの、やめます。いくつかの会社に、よく考えて分けてみます。ちくわさん、ありがとうございました!」
「その判断ができたなら、もう立派なものだよ。次は、その分けて持った株を『どれくらいの時間、持ち続けるか』という話をしよう。じつは、時間こそが、いちばん心強い味方になるんだ」
「時間が味方……?気になります。また来ます!」はんぺん君は袋を抱えて、秋の森へ元気よく駆けていった。
一人になったちくわ君は、窓の外でゆれる木々を眺めた。一本の木は風で大きくしなっても、森ぜんぶで見れば、ゆったりと立っている。分け合うことの強さを伝えられたなと思うと心が弾んで、ちくわ君は新しい赤い木の実へ手を伸ばした。
森の研究所には、今日も学びの秋の気配が満ちていた。