よく晴れた秋の午後、森の研究所では、ちくわ君が赤い木の実をかじりながら、一冊の分厚い冊子に目を通していた。
「ちくわさん!大変です!」勢いよく扉が開いて、はんぺん君が同じような冊子を抱えて駆け込んできた。「この前のジュース会社が、こんな分厚い書類を配っていたんです。数字がびっしりで、さっぱり分かりません。でも、これを読めば会社の健康診断ができるって、ちくわさん言ってましたよね?」
ちくわ君は嬉しそうに目を細めた。「よく持ってきたね。それは『決算書』といって、会社の成績と体の状態がぜんぶ書いてある、いわば健康診断の結果表だよ。数字は多いけれど、見るべき場所は三つだけ。今日はその三つを教えよう」
「三つだけでいいんですか?それなら頑張れそうです!」
「うん。会社の健康は、『どれだけ稼いだか』『どれだけ持っているか』『お金がちゃんと回っているか』の三つで見るんだ。一つずついこう」
「まず一つ目、『どれだけ稼いだか』。これは一年間の成績表だね。お店にどれだけお金が入ってきて――これを売上という――そこから材料費やお店の家賃を引いて、最後に手元に残った儲けが『利益』だ。たとえばこの会社は、売上が千個、かかった費用が八百個、だから利益は二百個。この『残った利益』こそが、前に話した会社の値打ちのおおもとだよ」
「売上が大きくても、費用がかさんだら利益は小さいんですね」
「いいところに気づいた。売上ばかり大きくても、費用だらけで利益が残らない会社もある。だから売上の大きさだけじゃなく、ちゃんと利益が残っているかを見るのが大事なんだ」
「二つ目は、『どれだけ持っているか』。これは今この瞬間の体格表のようなものだ。会社が持っている財産――お店や機械やお金――これを全部ひっくるめて『資産』という。でも、その財産がぜんぶ自分のものとは限らない。中には、借りてきたお金で買ったものもあるよね。その借金が『負債』だ」
「あっ、じゃあ、持っている財産から借金を引いたものが、本当に自分のもの……?」
「大正解だ、はんぺん君!その『正味の自分のもの』を『純資産』と呼ぶんだ。図にするとよく分かるよ」
「なるほど!持っている財産が千五百個でも、六百個は借金だから、本当に自分のものは九百個なんですね」
「その通り。だから、同じ財産持ちに見えても、借金まみれの会社と、借金の少ない会社では、体の丈夫さがまるで違う。いざというとき、借金が多すぎる会社は、ぽきっと折れてしまうことがあるんだ」
「体は大きく見えても、中身は借金だらけ、ってこともあるんだ……」
「そして三つ目。これがいちばん見落とされやすい、『お金がちゃんと回っているか』だ。じつはね、利益が出ている会社でも、つぶれることがあるんだよ」
「ええっ!?儲かっているのに、つぶれるんですか!?」はんぺん君は飛び上がった。
「うん。たとえば、ジュースをたくさん売って利益は出た。でも、代金は『来月払うね』と約束されただけで、まだ手元に一個も入っていない。なのに、材料代の支払いは今日きてしまう。すると、帳簿の上では儲かっているのに、払うお金がなくて行きづまってしまう。これを『黒字倒産』というんだ」
「こわい……。利益が出てるかどうかだけじゃ、安心できないんですね」
「そういうことだ。だから、実際に手元のお金がちゃんと増えているかも確かめる。これで三つそろったね。『どれだけ稼いだか』『どれだけ持っているか』『お金が回っているか』。この三つを見れば、会社の健康状態がぐっとよく分かるんだ」
ちくわ君はそこで、少し真剣な顔になった。「ただし、はんぺん君。一つ、肝に銘じておくことがある」
「はい、なんでしょう?」はんぺん君は背筋を伸ばした。
「この決算書の数字は、ぜんぶ『過ぎ去った一年』の記録だということだ。健康診断の結果が良くても、それは去年の体の話。これから先もずっと健康とは限らない。それに、ごくまれにだけど、数字をよく見せようと、お化粧をしている会社もある。だから数字をうのみにせず、『なぜこの数字になったんだろう』と中身を考えるくせをつけてほしいんだ」
「過去の成績表であって、未来の保証じゃないんですね。気をつけます」
「その心がけがあれば大丈夫だ。ちなみに、さっきの『純資産』――正味の自分のもの――と株価を見比べる『PBR』というものさしもある。会社の正味の財産に対して、株価が割安か割高かを見るものだけど、これはまた使うときにゆっくり話そう」
はんぺん君は、ぱっと顔を上げた。「ちくわさん、ありがとうございました!この分厚い書類、こわくなくなりました。三つの場所だけ、まず探してみます!」
「その意気だよ。今日は、会社の健康診断は『稼ぐ力』『持ち物と借金』『お金の巡り』の三つで見ること。そして数字は過去のものだということ。これを覚えて帰っておくれ」
「はい!次もよろしくお願いします!」はんぺん君は冊子を大事そうに抱えて、秋の森へ駆けていった。
一人になったちくわ君は、窓の外でゆれる木々を眺めた。数字の奥にある、会社という生きものの姿。それを少しでも感じてもらえたなら――そう思うと心が弾んで、ちくわ君は新しい赤い木の実へ手を伸ばした。
森の研究所には、今日も学びの秋の気配が満ちていた。