ちくわ君と学ぶモンティ・ホール問題

夏祭りの翌日の昼下がり。森の研究所では、ちくわ君が赤い木の実をかじりながら、のんびりとコードの手直しをしていた。

「ちくわさん!大変です!納得いきません!」勢いよく扉が開いて、はんぺん君がぷんぷんしながら駆け込んできた。

「やあ、はんぺん君。ずいぶんおかんむりだね。昨日のお祭りで何かあったのかい?」

「聞いてください!屋台の『三つの箱ゲーム』で負けたんです。三つの箱のどれか一つにドングリの詰め合わせが入っていて、僕が一つ選んだら、店主のアナグマさんが残りの二つのうち空っぽの箱をパカッと開けて、『今なら選び直してもいいよ』って言うんです。僕は最初の直感を信じて変えなかったのに、はずれでした!」

「ふむふむ。それで、何が納得いかないんだい?」

「あとから来たお客さんが『変えたほうが得だよ』って言うんです!でも、残った箱は二つなんだから、どっちに入っている確率も二分の一じゃないですか。変えても変えなくても同じはずです!」

ちくわ君は嬉しそうに目を細めて、椅子ごとはんぺん君のほうへ向き直った。「それはまた、とびきり面白い問題に出会ったね。それは『モンティ・ホール問題』といって、世界中の数学好きを大喧嘩させた有名な問題なんだよ」

「もんてぃ・ほーる、ですか?」

「アメリカのテレビ番組の司会者の名前だよ。番組でまさに同じゲームをやっていたんだ。そして先に結論を言ってしまうとね、はんぺん君。箱を変えたほうが、当たる確率はちょうど二倍になる」

「に、二倍!?」はんぺん君は耳をぴんと立てた。「そんなはずありません!だって箱は二つで、ドングリは一つ。半々に決まってます!」

「その怒り方、安心していいよ。この問題が雑誌に載ったとき、『変えたほうが得だ』という正解に対して、世界中から一万通近い抗議の手紙が届いたそうだ。その中には大学の数学者もたくさんいた。つまりはんぺん君は今、博士たちと同じ場所でつまずいているわけだね」

「は、博士たちと同じ……。それなら、ちょっと安心しました」

「じゃあ、ゆっくりほどいていこう」ちくわ君はホワイトボードに三つの四角を描いた。「まず、はんぺん君が最初に箱を選んだ瞬間のことを考える。当たりを選べた確率はいくつだい?」

「三つのうち一つだから……三分の一です」

「そう。ということは、『残りの二つのどちらかに当たりがある』確率は三分の二だ。ここまではいいね。さて、ここからが肝心なところ。アナグマさんは、どの箱に当たりが入っているか知っていて、わざと空っぽの箱を開けたんだ」

「えっと……それの何が大事なんですか?」

「アナグマさんが開けるのは、必ずはずれの箱なんだよ。つまり残りの二つが持っていた三分の二という確率は、開けられずに残ったもう一つの箱に、そっくりそのまま集まることになる。はんぺん君の最初の箱は三分の一のまま。残った箱は三分の二。だから変えれば、当たる確率は二倍なんだ」

はんぺん君の箱 店主が開けた箱 残った箱 1/3 最初のまま はずれと判明 2/3 確率が集まる 2/3 がそっくり移る
図:店主が「答えを知っていて」はずれを開けると、確率は残った箱に集まる

「うーん、うーん……」はんぺん君は頭を抱えた。「理屈は分かった気がするんですけど、まだ心が納得してません!」

「正直でいいね。じゃあ、とっておきの考え方を見せよう」ちくわ君は木の実を一つ口に放り込んで、ボードに大きく『100』と書いた。「箱が百個あるとしようか。当たりは一つだけ。はんぺん君が一つ選ぶ。当たっている確率は?」

「百分の一です。ほとんどはずれですね」

「そこでアナグマさんが、残り九十九個のうち、はずれの箱を九十八個ぜんぶ開けてみせた。残ったのは、はんぺん君の箱と、もう一つだけ。さあ、変えるかい?」

「変えます変えます!絶対変えます!」はんぺん君は思わず叫んだ。「だって僕の箱が当たりの確率は百分の一で……あっ!残ったほうの箱、ものすごく怪しいです!アナグマさんが九十八個も開けたのに、その箱だけ開けなかったんですから!」

「それだよ、はんぺん君」ちくわ君は満足そうに頷いた。「司会者が『答えを知っていて、わざと避けた』という事実が、残った箱に情報を与えているんだ。三つの箱でも起きていることは同じ。ただ、数が少ないと直感が騙されやすいだけなんだよ」

「なるほどぉ……。でも、本当に二倍になるのか、まだほんの少しだけ疑ってます」

「その疑いは、科学者として満点の態度だね。なら、実験で確かめよう。プログラムなら、お祭りに十万回通えるよ」ちくわ君は楽しそうにキーボードを叩き始めた。

ちくわ君の指がしばらく軽やかに踊って、短いプログラムができあがった。でたらめに当たりの箱を決め、でたらめに一つ選び、店主がはずれの箱を開ける。「変えない作戦」と「変える作戦」のそれぞれで、このゲームを十万回ずつ遊んでみる、という実験だ。

実行すると、一呼吸おいて、画面に二つの数字が並んだ。変えない場合、勝てたのはおよそ33パーセント。変えた場合は、およそ67パーセント。

「で、出ました……!本当にぴったり二倍だ!」はんぺん君は画面に張りついて、興奮して尻尾を振った。

「十万回の実験結果なら、心も納得してくれたかな。こんなふうに、乱数を使って何度も試して確率を確かめる方法を『モンテカルロ法』と呼ぶんだ。理屈とシミュレーション、両方から同じ答えが出ると、ぐっと自信が持てるだろう?」

「はい!……あれ?でもちくわさん、一つ気になります。もしアナグマさんが当たりの場所を知らなくて、たまたま開けた箱が空っぽだったとしたら、どうなるんですか?」

ちくわ君は木の実を持つ手を止めて、嬉しそうに身を乗り出した。「はんぺん君、今日一番いい質問だ。その場合は、なんと確率は半々になる。変えても変えなくても同じなんだよ」

「ええっ!同じゲームに見えるのに!?」

「見た目はそっくりでもね。『知っていて避けた』のと『たまたま開いたら空だった』のとでは、残った箱が持つ情報がまるで違うんだ。確率の問題では、何が起きたかだけじゃなく、どういう仕組みでそれが起きたかが答えを変える。ここを読み違えると、世の中のデータ分析でも同じ失敗をするから、ぜひ覚えておいてほしいな」

「同じ結果でも、仕組みで意味が変わる……。確率って、思っていたより奥が深いんですね」はんぺん君はしみじみとつぶやいた。

「そうなんだ。新しい情報を手に入れるたびに、確率を更新していく。この考え方は『ベイズ的』といって、迷惑メールの判定から病気の検査まで、現代のあちこちで活躍しているよ。はんぺん君は今日、その入り口に立ったわけだね」

はんぺん君は、ぱっと顔を上げた。「ちくわさん、ありがとうございました!家に帰ったら、さっそくこのシミュレーションを自分で書いてみます。それで来年のお祭りでは、堂々と箱を変えてリベンジします!」

「ふふ、それはいいね。アナグマさんが目を丸くする顔が見ものだよ。結果が出たら、ぜひ聞かせてね」ちくわ君は温かく手を振って見送った。

はんぺん君が夏の日差しの中へ駆けていったあと、ちくわ君はふと、祭りの屋台が並んでいた広場の方角を眺めた。直感と理屈がぶつかる場所にこそ、一番面白い数学が隠れている。そう思うと少し心が弾んで、ちくわ君は新しい赤い木の実へ手を伸ばした。

森の研究所には、今日も小さな発見の喜びが満ちていた。

教育 数学 確率 シミュレーション 友情