秋の夕暮れ、森の研究所で赤い木の実をかじりながらプログラムを書いていたちくわ君のもとに、はんぺん君が駆け込んできた。
「ちくわさん!大変です!」はんぺん君は息を切らしながら言った。「音楽ファイルの周波数解析をしようと思ったんですが、フーリエ変換って何だかさっぱりわからなくて...」
ちくわ君は木の実を置いて、温かい笑顔を浮かべた。「あぁ、フーリエ変換だね。確かに最初は難しく感じるけど、実はとても面白い概念なんだよ。はんぺん君、まずは身近な例から考えてみよう」
「身近な例ですか?」はんぺん君は首をかしげた。
「そうだね。例えば、はんぺん君が好きな音楽を聴いているとき、その音にはいろんな楽器の音が混ざっているよね?ピアノ、ドラム、ギター...」ちくわ君は手を振りながら説明した。
「はい!確かにそうですね」はんぺん君は頷いた。
「フーリエ変換は、その混ざった音から『どの周波数の音がどのくらい含まれているか』を分析する魔法のような技術なんだ。まるで音楽の材料を分解して、レシピを調べるような感じかな」
はんぺん君の目が輝いた。「おぉ!なるほど!でも、どうやって分解するんですか?」
ちくわ君は白板に向かって、波のような線を描き始めた。「まず、音は波だということを覚えておこう。そして、どんな複雑な波も、実は単純な正弦波の組み合わせで表現できるんだ。これがフーリエ変換の基本的な考え方なんだよ」
「正弦波?」はんぺん君は首をかしげた。
「sin(x)のグラフを思い出してみて。あの滑らかな波形だよ。フーリエ変換は、複雑な信号を『この周波数のsin波がこのくらい』『あの周波数のsin波があのくらい』という具合に分解してくれるんだ」
ちくわ君はコンピューターの画面を開いて、実際にコードを書き始めた。「Pythonで簡単な例を見てみよう」
「わぁ、実際に動かしてみるんですね!」はんぺん君は興奮した。
「そうだよ。まず、2つの異なる周波数のsin波を重ね合わせた信号を作ってみよう。例えば、1Hzと3Hzの波を足してみる」ちくわ君は手際よくコードを書いていく。
「ちくわさん、この数式の意味を教えてください」はんぺん君は画面を見つめながら質問した。
「もちろん!2 * π * freq * tの部分は、周波数freqの正弦波を作る基本的な式なんだ。freqが大きいほど、波が細かく振動する。そして、2つの異なる周波数の波を足し算することで、複雑な波形を作っているんだよ」
「なるほど!足し算するだけで複雑になるんですね」はんぺん君は感心した。
「そうなんだ。では、この合成された信号にフーリエ変換を適用してみよう」ちくわ君は続けてコードを書いた。
プログラムを実行すると、画面に2つのグラフが表示された。上のグラフには複雑な波形が、下のグラフには1Hzと3Hzの位置に明確なピークが現れた。
「すごい!」はんぺん君は目を丸くした。「複雑な波形から、ちゃんと2つの周波数が検出されてる!」
「そうだろう?これがフーリエ変換の力なんだ。時間領域で見ると複雑な信号も、周波数領域で見ると、どの周波数成分がどのくらい含まれているかが一目瞭然になる」ちくわ君は満足そうに頷いた。
「でも、ちくわさん、なぜこんな魔法のようなことができるんですか?」はんぺん君の好奇心は止まらない。
ちくわ君は木の実をもう一つ取り出して噛みながら考えた。「それは、18世紀の数学者ジョゼフ・フーリエが発見した素晴らしい数学的性質なんだ。任意の周期関数は、無限個の正弦波と余弦波の和で表現できるという定理があるんだよ」
「無限個...」はんぺん君は少し圧倒された。
「まぁ、実際のプログラムでは有限個で近似するから心配しなくても大丈夫だよ。大切なのは、この考え方を使って、信号処理、画像処理、音声認識、データ圧縮など、本当にたくさんの分野で応用されているということなんだ」
「そういえば、音楽ファイルのMP3も関係あるって聞いたことがあります」はんぺん君は思い出したように言った。
「その通り!MP3はフーリエ変換を使って、人間の耳には聞こえにくい周波数成分を削除することで、ファイルサイズを小さくしているんだ。JPEGやMPEGなどの画像・動画圧縮でも、類似の技術が使われているよ」
はんぺん君は興奮して尻尾を振った。「わぁ、身の回りのテクノロジーにこんなに使われているなんて知りませんでした!」
「そうなんだ。でも、フーリエ変換にはいくつかの制限もあるんだよ」ちくわ君は少し真剣な表情になった。「例えば、時間的に変化する信号の場合、『いつ』その周波数成分が現れたかがわからないんだ」
「あぁ、それは困りますね」はんぺん君は心配そうに言った。
「でも、そんな問題を解決する技術もあるんだよ。短時間フーリエ変換やウェーブレット変換といった、より高度な手法があるんだ。でも、今日は基本を理解できたから、まずは十分だね」
ちくわ君は最後にもう一つ実用的な例を示した。「はんぺん君、音楽ファイルの分析も、基本的には同じ原理なんだよ。どんな楽器が使われているかも、フーリエ変換で推測できるかもしれないね」
「本当ですか!面白そうです!」はんぺん君の目は輝いていた。
「音楽ファイルを読み込んで、同じような分析をすることで、楽器の特徴的な周波数パターンを見つけることができるんだ。家に帰ったら、ぜひ試してみてね」ちくわ君は温かく微笑んだ。
夕日が研究所の窓から差し込む中、はんぺん君は深く感動していた。「ちくわさん、ありがとうございました!フーリエ変換って、こんなに身近で実用的な技術だったんですね。数学って本当に美しいです」
「そう思ってくれて嬉しいよ、はんぺん君。数学やプログラミングは、世界を理解する道具なんだ。今日学んだことを基に、もっと探求してみてね」ちくわ君は最後の木の実を食べながら、満足そうに言った。
その夜、はんぺん君は家に帰って早速コードを書き始めた。複雑に見えた数式も、ちくわ君の丁寧な説明のおかげで理解できるようになった。音楽ファイルを分析する新しいプロジェクトが、もう頭の中で始まっていた。
フーリエ変換という一見難しそうな概念も、適切な説明と実例があれば、誰でも理解できるということを、はんぺん君は学んだのだった。そして、この知識が今後の彼のプログラミング人生に、大きな影響を与えることになるのだった。